このたび、「複雑系としての生命システムの解析」というプロジェクトが駒場で走り出すことになりました。これは、分子生物学とは、違う視点で生命を捉えようという、野心的ないし、きわめて困難、ないし、現段階の科学の中ではそうすぐには評価されかもしれないような、冒険的な試みです。ですから、実際審査においては、実現可能性への懸念、また、従来の分野で活躍されている研究者がはたしてこのような新しい試みに真剣にとりくめるのか、という疑問も提示されました。
そうした心配にもかかわらず、こうしたプロジェクトを駒場ではじめることは大きな意義---特に理念、教育といった点で---がある、ないしそういうものにするべく努力をしたいと思っています。
こう思う理由は、生物学に今、新しい視点が求められており、それには数理、物理、化学といった枠にとらわれない協力活動が必要であり、そしてそのような共同作業研究により新しい分野をつくることができれば、その形成過程をみせていくことは狭い分野への専門化をすぐ行わない教養学部の前期、後期過程教育の上でも意義があると思うからです。むろん、ここで行おうとしていることは、生物、物理、化学、数理のそれぞれの分野では主流といわれるようなものではありません(それゆえ``Center of Edge''や``Center of Eccentricity''と冗談で述べたりもしていますが)。にもかかわらず、このプロジェクトで確立しようという生命への見方は、成功すれば分子生物学とは相補的な重要な軸となりうるだろうと思っています。
この50年の生物学は分子生物学という大きな流れにのってきました。このように長期にわたりある見方が広がってくると、だんだんそれ以外の生命への見方が存在しうる、という可能性すらあまり皆考えなくなってきます(ないし、そんな可能性にこだわっていたら論文生産率が落ちるとか思われるのかもしれません)。そして、実際、分子生物学は数々の成果をもたらし、それによって生命の各要素過程の詳細が次々と明らかにされたことも事実です。しかし考えてみると、分子の言葉で生命をとらえるというのはあくまでも量子力学形成後の物理学者らによって導入された、あるひとつの見方でしかありません。
ご存知のように現在の分子生物学においては、生命のある現象の因果の連鎖をさかのぼっていって、なにかを行う分子に求めていきます。多くの現象に関連している分子を見出したり、重要な機能と関係すると思われる遺伝子を見出すことが成果とされるわけです。一方、これは現在ヒトゲノムプロジェクトで代表されるように、膨大なデータベースを作成していくことにつながっていきます。
しかし、実際は多くの生物学者は、かなりコントロールした条件のもとでも生物システムが示す思いもかけない振る舞いに出遭っています。機械的振る舞いからのずれをもたらすさまざまな不安定性の要因を実感しているのでしょう。そこで、(i)分子(遺伝子)の役割は多様であり、原因結果を一対一に求められない(ii)さらに役割自体、その状況、たとえば発生過程のどの時点ないしどの場所か、によって変化する(iii)原因と思われたある遺伝子や分子をとりのぞくと別なものがそのかわりをする(iv)分子は歯車や論理回路とちがってすごくゆらぎが多いのに、全体としては生命現象はそれなりの安定性を持っている(iv)たくさんの要因が絡みあっているにもかかわらずその総体として生命はなにかうまくいっているようにみえる、などの印象を生命現象に持っていると思われます。
そもそも振り返ってみると、生物に興味を持つ理由には、機械的振る舞いからのずれがあったはずです。にもかかわらず、機械論的な部分をいかに切り出すかという研究が主流になり、そこに元来の目的からの齟齬を感じている人もいるかと思います。
こうした齟齬感を解消し、(i)-(v)のような印象を科学として扱えるようにするには、いわゆる分子生物学の視点だけでは不十分なのでしょう。「生命をいろいろな機械のくみあわせとし、その各機械の因果関係を分子に求めていく」という「分子」生命観に対抗できる、「生命がシステムとして働いている」という見方をつくる試みが必要なのです。
複雑系生命科学の詳しい指針は今、書いていますので、出来次第掲載しますが、ここでこのプロジェクトで重視している点を簡単に述べておきましょう。まず、従来の研究ではそれを取り除くとシステムが働かなくなるような重要な分子を見つける、といった生物機能の「必要条件」を探求していることに注意したいと思います。この立場では、当然、生物が生物たる所以の「十分条件」は求められません。それを求めるには、こちら側でつくりあげた条件でシステムを構成し、それによってどのレベルの生物機能があらわれるかを探求しなければならないのです。この構成的アプローチの背景には、「非常にうまく色々な過程を組み合わせなくても生命過程のプロトタイプはあらわれるだろう」という考えがあります。生命は進化を通してチューンアップされてはじめて成立する「非常によく出来た機械」であるという常識ーーその側面がたしかにあることは認めますがーーを疑ってみ、むしろ生命システムについて何が必然であり、何が不可能であるかを探っていくのです。ここで、生命システムのプロトタイプというのは、最低限、外界と区別された内部を持ち、その中に多様な成分を再生産し続けながら、ある種の恒常性を維持し、増殖していくものと考えます。
さて、この考えをふまえて、当プロジェクトの3つの姿勢を述べます。
(I) 構成的生物学と生命システムの原型の生成
いま存在する生物は進化という歴史をになっているために、どこまでが生命システムが必然的に満たすべき性質なのか偶然そうなっているのかが明らかではありません。そこで、現在の生物に必ずしもこだわらずに、生命システムのプロトタイプをこちら側から設定し、それを通して、安定に増えつづけていくシステムの一般的特性を明らかにしたいと考えています。具体的な例としては、多様な化学反応系を膜の中に封入し増殖させるシステム、遺伝子、酵素の集合からなる増殖系を構築し、その発展を通して多様性と再帰性(くりかえしほぼ同じものが再生産されること)がどのようにあらわれていくかをみるものです。その際、我々は上手に複製機械を設計することを目指すのではありません。そのように正確な自己複製という見方ではなく、むしろ多様で不正確な増殖の中からどのように再帰的生産が現れてくるかをみるのです。
(II) 細胞集団の発展過程の特性と発生過程の安定性
生命のダイナミックなシステムとしての特性の典型は発生過程にみられるでしょう。分子生物学の主流研究としては、個々の遺伝子発現の組合せ、そしてそこで果たす色々な分子の役割を追って多細胞生物の発生過程がいかに上手に制御されていくかを調べてきました。「IF
シグナル分子の濃度が多い THEN ある遺伝子がON」というような「if
then」型の論理の連鎖が議論されしばしばコンピュータプログラムのように発生が語られたりしてきました。しかし、シグナル分子といってもせいぜい数千個程度の数しかないことが多く、その意味で濃度といってもそこには大きなゆらぎがさけて通れません。つまり、コンピュータと違って、「間違わない」発生ルールが与えられているのではなく、むしろダイナミックな変化を通して、状況に依存して安定に働く発生のルールがあらわれていると考えられるでしょう。このしくみを考える上では、うまくいった発生過程だけを調べるのではなく、むしろこちら側で設定した状況においた細胞集団が互いの関係を通してどのような発生過程を行なうかをみていくべきでしょう。場合によっては、ガン細胞とか、単細胞生物とか普通の意味では多細胞生物としての発生過程を持たない集団の「多細胞的」発展を追うことも重要となります。具体的な例としてはアクチビン分子の濃度を変えて通常とは大きくはずれた状況に実際の細胞集団を追い込み、その中で起きうる過程を追跡することが挙げられます。この際の目標は既存の組織をアクチビンの濃度を変えてつくり出すことではなく、むしろ、アクチビンの濃度によって安定な組織が形成されない場合にはどのような細胞集団の変化が生じるかまでを含めて、アクチビンー時間の2つの軸での細胞集団の性質を描き出すことになります。ここで行なおうとしているもう一つの例は、大腸菌集団、がん細胞や植物のカルス細胞などからの発展過程を追って、いかに安定な発生過程の原型があらわれるか調べていくことです。
(III)多対多関係の動的ネットワークとしての生命過程の解析
決まった役割を持った分子や遺伝子からなる1対1の因果関係を追うのではなく、多くの要因のネットワークの動的な特性をみていくのが我々の立場ですから、多数の細胞の性質を破壊せずに多くの要素の性質を動的に測りつづけるためのよい手段を開発し、それを通して多種類の分子の性質の変化を追うことが必要です。濃度の時間的変動(振動)、そのときの細胞間の相関、細胞内の分子の多様性と細胞の性質の関係などです。つまり、何かの役割をになう分子や遺伝子を見出すのでなく多種類の分子の動的関係を探るのです。例えば幹細胞から順に決定されていく度合いを細胞内の成分の多様性、そして動的な変動の度合いなどと関連して調べていきます。この際、上の2つの研究プロジェクトで作られた構成的な生命システムの特性をこの手法で調べれば、こちら側で決めた条件下での生命システムの特性を動的なネットワークの性質として表現していけるでしょう。
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このような、これまでにない分野を作り出すというプロジェクトの理念に合った研究結果を打ち出すことが、求められており、最終的責任者としては、重圧を感じています。ぼく自身は実験を実際やっていないので、その困難さをよく把握できないところもありますが、こうした立場で実験をやっていくのには色々な困難を克服して行かなければならず大変な課題だろうというのは認識しています。技術的な困難だけでなく、
(1)「生命過程をかなりいい加減に動いてもいるダイナミクス」から理解するという問題意識では、ゆらいだり、不規則に変化したりするものを扱わねばなりません。すると、こうしたゆらぎの多いデータが実験が悪いせいではないということを従来以上にきびしく求められます。そこで不規則データほど精度高い実験をしないといけないという逆説に耐えなければならなくなります。
(2)さらにはどのようなものを測ってどう考えたら理解したことになるのかということを常に問いながら進めなければなりません。そこで、この分子/遺伝子を見つければよいというような明確なゴールと違ってその都度 ゴールを考えながらすすめなければなりません。
( (2)については僕もできる限り相談にのりますが、(1)は実験技術と絡むのでなかなか適切にコメントできないかもしれません。)
こうした困難さにもかかわらず、こうしたプロジェクトの理念に賛同し、その方向で研究を行ない、ともに新しい生命科学の視点をつくっていきたいという方がいらしたらぜひこの新しい潮流をともに作り出していただけるとありがたいと思います。今後駒場キャンパスの中で、こうした研究を推進していくだけでなく、企画する研究会などの機会をきっかけとして、1キャンパスにとどまらず、新しい流れの基盤ができたらと思っています。実際、プロジェクトの主要メンバーとして大阪大学の四方哲也が参加しており、共同プロジェクトとなっています。むろん、現時点での生物学、化学、物理学の「主流」とは異なった立場での研究ですから、非常に難しいし、それなりの覚悟を必要とするものですからそうむやみにご協力を仰げるものではないこともわかっています。
プロジェクトは「成果」をすぐ要求されますが、新しい生命科学の基盤を作るのが目標ですから、成果といってもあまり短期的業績を無理に求めるよりも、それよりもこの5年の間に、今後の長期的基盤が作る方が重要だろうと思っています。困難な課題ですが、成功すればかつてコペンハーゲン学派が量子力学形成時に果たしたのと同様な役割を「駒場学派」(or駒場ー大阪学派)が複雑系生命科学の形成にはたしうると夢みています。
よろしくお願いします。
金子邦彦